全労協青年委・福島フィールドワーク -----リアルで過酷な現地の実態を報告します

10月29日から30日にかけて全労 協青年委員会の全国交流企画として福島 フィールドワークを実施しました。震災 から既に5年強を迎えましたが、福島第 一原発事故の収束は先が見えず、震災被 災者の多くが未だに困難な生活を強いら れています。今年、政府は一部の原発事 故避難区域の解除を発表し、住民の「帰 還」を促していますが、実際にもとの家 に帰った住民の数は多くありません。

当日は、いわき自由労組の牧野悠さん ら福島現地で労働運動や被災者の取組を 支援に携わっている仲間の案内でいわき 市から海側の国道6号線沿いを福島第一 原発の先まで北上しました。震災は第一原発だけではなく、南側の第二原発で もメルトダウン寸前の危険な状態に陥っ たという事も解説がありました。第一 原発に止まらず原発自体が地震と津波 に対して脆弱であったことを象徴する 話でした。

震災で巨大な津波の被害に見舞われ た海岸沿いは、復興道半ばといった体 で広大な土地が更地のままになってお り、空き地には汚染残土の黒い山が幾 重にも続いていました(こうした仮置き 場は福島県内に約11万箇所存在するそ うです)。特別に同行した福島連帯労組 の方の自宅内部を見せて頂きましたが、 震災の時から時間が止まったままの家の 内部は放射線被害のために片付けもほと んど進んでいない状況でした。牧野さん からは除染労働者の手当のピンハネを止 めさせた取組みや、県外からの除染労働 者・外国人に対するデマについてもお話 しをして頂きました。

翌30日はいわき市内の仮設住宅を訪 ね、富岡町から避難生活をつづけ、現在 は自治会などで活動している西原さんか ら震災当時の様子や長期化する避難生活の深刻な状況をお話しいただきました。 西原さんからは、事故前は「原発は事故 を起こさない」という前提で町も東京電 力も「セレモニーのような」防災対策を 行って居た為に震災原発事故の際には大 きな混乱が生じたこと(第一原発からの 連絡を町の職員が受け取れなかったこと など)について話がありました。また、 もともと大家族が暮らしていたものが、 長期化する避難生活の中で生活圏が広域 化していく過程でばらばらになって行く、 原発事故から5年経って除染完了後をし たものの元の町には人が戻らないことな ど「事故の裾野が広がっている」(被害 や影響は拡大している)ことについても 訴えがありました。

まだまだ震災は終わっていない、とい うのはよく言われるかも知れませんが、 むしろ福島原発事故と震災復興をめぐる 状況は西原さんが言うように「裾野が広 がっている」状況なのだと感じる現地フィー ルドワークでした。これからも継続的に 現地とつながって行ければと思います。 今回、貴重な機会を作って頂いたいわき 自由労組の牧野悠さん、福島連帯労組の 佐藤さんなど福島の仲間の皆さんに改め て感謝いたします。